2005年11月25日

北区曽根崎新地のTスポーツさんへ

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寒さが本格的になって来ましたねぇ。

自転車で走っていても

風が冷たく感じるようになりました。


店頭にはクリスマスの絵本を揃え

冬の到来を待つばかりです。



■■■ 本日のおすすめ本 ■■■


【このブログはいろいろな所から出版の情報を集めて、書いています。出来るだけ多くの本を取り上げようと思っていますので、紹介する文章は中途半端に終わっているかも知れません。それでも、本のセレクトにはいっぱいの気持ちを込めています】



『教室を路地に! 横浜国大VS紅テント2739日

      唐十郎・室井尚著  岩波書店

本書には、横浜国立大学教授・室井尚の書き下ろしエッセイ、唐十郎と室井尚の対談、この二人が育てた横浜国大内の学生劇団「唐ゼミ」のメンバーによる座談会が収められている。
唐十郎を横浜国大に呼んだ仕掛人である室井尚は、ここ数年、劇団唐組の一つの芝居を二十回近くも観ている、という。
唐の芝居は、リアリズム演劇、自分探しの演劇、異化・解体の演劇などとは異質である。
「唐の作品は強いて言えば、シェークスピア劇、もしくは近松や南北の過激さに近いような気もするが、それらよりもさらに複雑で過激なものであるように思われる」。



『少女機械考』 阿部嘉昭著   彩流社

少女機械。少女が機械だというのではなく、少女性というものを機械としてとらえる。
<いったん「少女性」という概念を掲げてみると、現在の少女性表現の多くが分析できてしまう点>に興奮したという著者。
著者は、90年代から現在までの少女性を、分析するという以上に、まさに生きた機械として動かそうとする。小説(金原ひとみ・綿矢りさ)、コミック(砂、やまだないと、高浜寛、福島聡、浅野いにお)、ポップ美術(会田誠)、音楽(ハルカリ、東京事変)、アニメ映画(宮崎駿)、写真(辺見えみり、オノデラユキ)、そして現実に起きる数々の事件。
ジャンルを横断して、対象の中に棲む少女たちに深く食い込んでゆく。


『上陸 田中小実昌初期短編集 田中小実昌著 河出書房新社

またまた大好きな作家の登場です。
作家として立とうとする模索の時期、田中小実昌は、占領軍基地での通訳業の経験を生かしてハードボイルド小説の翻訳を手がけていた。田中訳のフィリップ・マーローが、冷静沈着な「私」ではなく、少し抜けた所もある「おれ」だったことはよく知られている。
哲学的な諧謔をまじえた「僕」の自己観察をもって、田中小実昌の小説は、三十代ですでに完成されていたといっていい。文体はもとより、戦中戦後の体験にもとづく主題も、すべて出そろっている。



   ◆◆ 絵本(児童書) ◆◆

『と おもったら・・・』 イエラ・マリ作 ブロンズ社

「うに」と思ったのにページをめくったら「やまあらし」。「とおもったら」でつづくかたち遊びとことばあそびが楽しめる絵本。


『とらちゃんのつむじ風』 沢田俊子作 長谷川知子画 文研出版

お母さんが「とらちゃんはおっさん化している」となげいている。けれど、うちは草野球チームのマスコットガールやで。



『ポチポチのレストラン』 井川ゆりこ作 文渓堂

今日のご飯は苦手な野菜のクリームシチュー。困っていたら子犬のポチポチがやって来て、不思議なレストランへ連れて行ってくれた・・・
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2005年11月18日

福島区福島のデザイン事務所Sさんへ

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長い間、ブログへの書き込みをサボってしまいました。

風邪をひいたのもありますが、

なんせ身体がだるくて。

やっぱりお酒のせいか。

もうすぐ忘年会のシーズンですね。

ワクワク半分、・・・半分。



■■■ 本日のおすすめ本 ■■■

【このブログはいろいろな所から出版の情報を集めて、書いています。出来るだけ多くの本を取り上げようと思っていますので、紹介する文章は中途半端に終わっているかも知れません。それでも、本のセレクトにはいっぱいの気持ちを込めています】



『日の輪書林 それから』
 高橋徹著 晶文社

古書目録は通信販売のために作るものだが、著者はただ書名を並べるだけでは終わらない。
一冊の古書目録で一人の人物を描き出す。
古本という断片を組み合わせて主人公の物語を描いてみせる。酒を飲みすぎて、大事な資料を失くしたり、家賃が払えなくなったりしながらも(人事とは思えない)、市場で勝負の札を入れ、目録づくりに没頭する。



『ご臨終メディア 質問しないマスコミと一人で考えない日本人

    森達也、森巣博著 集英社

本書は、大本営発表をそのまま書き写して事足れりとする現行メディアの体質を危惧する著者によるメディア批判。
オウム信者が談笑している映像をテレビで流したら、「被害者遺族の心情を考えよ」という抗議がゴマンときたという著者の逸話は印象的。だからといって視聴者は本当に遺族のことを憂えているのではなく、事に乗じて、報復感情をクリアさせたいだけなのだ。
メディアはそうした受け手の意向をくみとって、受け手が見たいと欲望するものを垂れ流す。
結果、受けては「彼ら」を知ることなく、自らの正義を信じ込み続ける、というわけだ。
「われわれ」と「かれら」を分け隔てることをやめ、「論理の骨格を持った情」と「寛容さ」で他者を知ろうと努めること。それなしにはメディアと現代社会との閉塞状況は突破できない、と著者は語る。



『ある娼婦の秘密の生涯』 マリー・テレーズ著 長島良三訳 

     河出書房新社

本書は第二次世界大戦下の数年間、ドイツ兵によりパリから占領されていた時代の「売春生活」の日々を語った本である。
街頭での客引き。警官、護送車、身体検査、娼館とその女主人ややり手婆、ひもの生態、さまざまな性癖をもつ客、とくに老人。
著者はその善悪をいっさい語らず、人間というもののもつ、いかがわしさや弱さを明瞭に伝える。本書からは、どんな状況でも変る事のない人間の本性が透けて見える。



    ◆◆ 絵本(児童書) ◆◆

『毛皮をきたともだち』 神沢利子作 井上洋介画 あかね書房

生きている事の喜びを、体中で感じている神沢童話の動物たち。元気な動物のこどもたちがいっぱいの童話集。


『ゆうびんでーす!』 間瀬なおかた著 ひさかたチャイルド

封筒に書かれた見知らぬ住所。郵便やさんが動物たちに尋ねながら山奥へ入っていくと、クマの家があって・・・。間近な春を感じるお話。
posted by つーやん at 21:44| Comment(0) | 記事

2005年11月07日

福島区野田のS病院さんへ

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マンションに隣接して、
歴史を感じさせる民家の蔵が窮屈そうに建っています。



最近このブログで取り上げた本の著者から

続けてコメントが入りました。

どちらも好意的なコメントで、

こんなブログにも目を通してくれているのかと思うと、

感激です。




■■■ 本日のおすすめ本 ■■■

『今日は死ぬのにもってこいの日』

 ナンシー・ウッド著 フランク・ハウエル画  金関寿夫訳 めるくまーる

かなり以前に出版された本ですが、久しぶりに雑誌で目にしたので、ここで取り上げました。
本書はアメリカの先住民タオス・ブエブロの古老たちが、語り継いできた「口承詩」をまとめた詩集。
1974年にアメリカで出版されて以来、世界中で読み継がれてきたロングセラー。大地に根ざして日々を重ね、あるがままの自然と共生する彼らの姿は、文化や国境を超えて私達の心に染み込んでくる。逆説的なタイトルも読者を惹き付ける。


『世界のはてのレゲエ・バー』 野中ともそ 双葉社

本物のレゲエ、金髪の美女・・・と夢を膨らませ、父親の転勤についてニューヨークへ来たコオ。だが彼を待っていたのは、異国にある日本人社会の窮屈な<円(サークル)>だった。
そんな環境から抜け出し、カメラ片手にマンハッタンの小さなレゲエ・バーに通うコオだった。「頭の中の映像を翻訳していくように」書くという著者の軽快な文章が心地よい青春群像ストーリー。著者自身によるイラストも魅力。


『いまどきの「常識」』 香山リカ著 岩波書店

平和の大切さや弱者への配慮、近隣諸国との友好親善を説くと、「きれいごとをいうな」。
著者は、信ずるところを語った自身の言論に、こうした反応に度々であってきた。
どこかがおかしい。著者は現代の日本に、理想を語ることを忌避する世相をみる。


『東京奇譚集』 村上春樹著 新潮社

遅まきながら、おすすめします。
村上春樹は短編がまたいい。言葉とイメージが凝縮されていて、細部が巧みに連繋して、ひとつのテーマを屹立させる。
奇譚とは、不思議で怪しい、ありそうにもない話のことである。あえて奇譚とつけるほど村上春樹にとって特別なジャンルではなく、むしろいつもの小説といっていい。
奇譚が人を夢中にさせるのは、それが定かでない形、人によっていかようにも読み取れる形だからである。
読む者はそこに、言葉ではうまくいいあらわせない何か、懐かしくも切実な何か深いものを感じ取る。


『ひとりで、居酒屋の旅へ』 太田和彦著 晶文社

日本酒と居酒屋をこよなく愛する著者がひとり旅にでかけた。
土地土地の味覚に驚き感銘し、ひとり酒の愉楽を味あう。酒や料理もさることながら、主人や客とのやりとりが楽しい。
ひとり旅だからこそのユーモアと哀愁。
それぞれのエッセイの向こうから、昭和歌謡のメロディが聴こえてくる。


『白骨花図鑑』 甘糟幸子著 集英社

死んでしまった自分の肉体を、様々な植物の種を敷き詰めた山の上の明るい平地に横たえる。
いつか植物たちが芽をだして、白骨はきれいな花々に囲まれる。病院の窓から見える空を眺めながらそんなことを考えている老婦人。
病院を抜け出し、図書館で白骨花図鑑を書き上げる。
死をあたりまえのことだと静かに受け止め、旅なれた無駄のない身支度のような清清しさを感じさせる。



    ◆◆ 絵本(児童書) ◆◆

『ぼくはかさ』 せなけいこ作・画 ポプラ社

ぼくは、たろうちゃんのかさ。晴れた日でも一緒なんだ。
おばけに夢中のたろうちゃん。よし、ぼくもかさおばけになろう。


『ポールと小鳥』 朝倉 勇著 安野光雅画 童話屋

少年の笛と小鳥の歌が敵国の王の心を動かし、平和を実現させるという夢の童話。
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2005年11月05日

福島区鷺洲のSシステムさんへ

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昨日、今日と暖ったかかったですねぇ。

もう商店街では年末の大売出しの準備が始まっています。

気がつけば一年もあっという間です。

こんどの元旦は営業しようか、休みにしようか、

迷う所ですが・・・売り上げしだいという事に。



■■■ 本日のおすすめ本 ■■■

『ブラッサイ写真集成』 岩波書店

本書は、モノクロに沈み、土の香りを放つ原初のパリから、黒魔術に踊らされるフォンタナのキャンパスかと見まがう「カラー」の落書きに至るまで、ブラッサイの生涯と作品全般に目配りの行き届いた作品集成である。
ブラッサイは「いま、ここ」にひろがっている同時代の「現代」だけではなく、「現代」という言葉が創られる以前から存在した、その時々で最も刹那的な「現代」を画面に定着する。


『ミャンマーという国への旅』 エマ・ラーキン著 大石健太郎訳

     晶文社

政府が反動的だと考える情景や情報を伝える作家やジャーナリストは、その筋に目をつけられれば作品は発表できず、悪くすれば投獄の憂き目を見る。
そこで町中の客の出入りの多い茶店に集まり、わざと騒々しいテレビの傍らに席を占めて語り合うことになる。だが細心の用心をしても外国人である作家の旅には、常に監視の目と尾行がつきまとう。
アジア的豊饒に根を張る軍事独裁政権の恐怖を静かに告発したルポである。


『ぼく、あいにきたよ』 明川哲也作 児嶋サコ画 文藝春秋

去年一年間に発見された子どもの虐待の数は約三万件。
この絵本に描かれているのは、子どもの虐待が死に至るケースのひとつの典型である。
死んだ子どもは風になって、それでも母に寄り添って、監房らしき所にいる母親に語りかける。「おかあさん。ぼく、あいにきたよ。」
しかし、死んだ者が見守ってくれるというのは加害者側の都合のいい発想である。死んだ子どもは二度と癒されることはない。



    ◆◆ 絵本(児童書) ◆◆

『狐の振袖』 山本ふきこ文、ワイルズ一美画 アスラン書房

仕立て一筋のおばあさん。狐の母親の頼みで花嫁衣裳を縫い上げる。
夢幻の世界をファンタジックに表現した絵物語。


『ありがとう へんてこライオン』 長 新太作 小学館

ナンセンス絵本シリーズ。不思議なライオンが思いも寄らないものに変身して大活躍。次は何に変身する。



これからの売り上げしだいという事で
posted by つーやん at 21:43| Comment(0) | 記事

2005年11月03日

先日の日曜日は「区民まつり」でした

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雨もようにもかかわらず、
たくさんの人が遊びに来ていました。

私たち(福島区商店街連盟青年部)のブースでは、
「かえるがぴょん」「お口にぽん」といった(なんやねんそれ!)
手作りのゲームで子供たちに遊んでもらいました。
おかげさまで大盛況。


■■■ 本日のおすすめ本 ■■■

『脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち スラヴォミール・ラウイッツ著

    梅津正彦訳  ソニー・マガジンズ

著者は第二次大戦の初期にポーランド軍の若い将校としてドイツ軍と戦って敗れ、ソビエト当局にスパイ容疑で捕らえられて数々の拷問の末、シベリアはバイカル湖のはるか北の収容所に送られる。
彼はそこで6人の囚人仲間と、冬の終わりに収容所を脱走する。
インドまで徒歩で一年あまりかかり、脱出に成功する。
困難を極める脱出劇がどうして可能だったのか。
ときおり出会う民家ではとくに警戒されることなく親切に迎えられ、身振り手振りで貴重な情報を得る事がきた。「真に素朴」であるかぎり、人間は本来すばらしい善意をもっている、と著者はいう。
興味ある話題が次から次へと続く。


『自分の顔が許せない!』

『肉体不平等』       石井政之著 平凡社

石井さんは顔に生まれつき大きな赤アザがあり(単純性血管腫)、ユニークフェイスという団体を主宰している。
容貌にこだわるのは、「とるにたたない問題」なのか、著者は「語られるべき価値のある問題」だという。顔というのは不思議なもので、人は他人の反応によって初めて、自分の容貌がどういうものかを知らされる。
石井さんは「この顔と生きていこう」という受容のの境地を、この本で語る。


『ジプシー・ミュージックの真実 ロマ・フィールド・レポート

    関口義人著 青土社

本書はインド、バルカン、中央ヨーロッパを訪ね歩き、その最下層カースト・ロマの音楽とその生活を詳細に伝える。
著者はロマの「流謫(るたく)」を辿る。
ブルガリアでクラリネットの巨人イヴォ・パパソフの凄まじい演奏に感動し、チェコではナチに殺されたユダヤ人ケットーは残るのに、同様に大量虐殺されたロマの墓が一つもないことに嘆く。
差別され続ける民に対する尊敬と愛情がこの著者の根底には流れる。


『理性はどうしたって綱渡りです 』 ロバート・フォグリン著 

  野矢茂樹・塩谷賢・村上祐子訳 春秋社

本書は思いのほか深く緻密な議論がなされ、本格的な哲学書をよむ前の入門書として最適なようだ。
哲学をやる人間というのは、すぐに極端なことを考え、自分の考えにに夢中になって、それをとことん突き詰めてしまう。あげくのはてに、現実ばなれした二つの考え方が対立することになる。議論は平行線のままとなる。
「とことん突き詰めて考えれば、なにかがわかる」と思い込んでいる点では両者は同じで、普段の生活とかけ離れた、「理性」が出現する。
しかし事はそんな単純ではなくて・・・


『戦中派復興日記』 山田風太郎著 小学館

山田風太郎は大好きな作家です。
飄々として破天荒な生き方に惹かれます。
著者の日記はこれで四冊目になります。公表されるとは考えていなかっただけに、おもしろい記述にあふれています。
本書は、51年から52年にかけてのほぼ二年間の日記が収められています。講和条約締結前後の、日本の社会情勢や文化人の無節操な転向を、舌鋒鋭く批判したかと思うと、およそ半端でない量の読書をこなし、文壇作家を切りまくる。先輩、女性に対する述懐も遠慮会釈がない。
当時の探偵文壇史でもあり、社会史や風俗史としても貴重である。


『うつし 臨床の詩学』 森岡正芳著 みすず書房

「うつし」とは、「移し」であり、「写し」であり、「映し」でもある。
他者から「うつし」を受けるというかたちでの認識を臨床科学の基軸に据え、他者の気持ちをまとめるというよりも、それをなぞりながら、彼のうちでかき消されていた彼自身も気づいていない別の微かな声を「強めに映しかえしていく」こと、その「微細な小さな応答の積み重ね」がカウンセリングなのだ、と著者はいう。
記述は易しいが、問題は困難を極める。


『全盲の弁護士 竹下義樹』 小林照幸著 岩波書店


本書は全盲の弁護士がどのようにして誕生し、生きてきたかを辿った人物ノンフィクションだ。
京都の盲学校、大学をへて9回目の受験で司法試験に合格する。点字の六法全書は全51巻あり、当初法務省は点字受験など認めなかった。しかし竹下さんの積極姿勢やサポート活動によって、重い扉が開かれていく。
国連NGOの機関「世界盲人連合」の総会」に出席した竹下さんは、盲人が社会の第一線で活躍しているかどうかで、その国の福祉行政の水準がわかる、と語る。



   ◆◆ 絵本(児童書) ◆◆

『わがままいもうと』 ねじめ正一文、村上康成画 教育画劇

アイスが食べたいという病気の妹はどんどんわがままに。お兄ちゃんは妹のために大奮闘。
ねじめ正一氏と村上康成氏が贈る究極の兄弟愛。


『だれも知らないサンタの秘密』 アラン・スノウ作 三辺律子訳 あすなろ書房

なぜ悪い子にはクリスマスプレゼントが届けられないのか。
そこには驚くべき秘密が。
posted by つーやん at 09:17| Comment(2) | 記事